少しずつ綴った自転車旅行の話をまとめました。
昭和四十年代、二十五歳の時の思い出です。
ヨーロッパアルプスの最高峰モンブラン、麓の街シャモニーは夏のバカンス客で賑わっていました。
街のはずれにあるキャンプ場も色んな国から登山者や旅行者が集まって国際色豊かな情報交換の場所になっています。
シャモニーのキャンプ場にて |
マッターホルン北壁の登攀を終えてシャモニーへ帰って来た私はキャンプ場で東京から来ていた栄(えい)ちゃんと知り合いました。
年が同じという事もあり、すっかり気が合って私は彼のテントで居候の身となり共同生活が始まりました。
山へ登り、メシを喰い、ワインを飲み、夜遅くまでたわいない話がはずみます。
シャモニーのキャンプ場にて、栄ちゃんと私 |
夏のシーズンが終わり九月になるとキャンプ場は一人減り二人減りして寂しくなっていきます。栄ちゃんは冬を越すためにドイツのシュツットガルトのスポーツショップでアルバイトを見つけていました。「一緒に行かないか、一人ぐらい余分に雇ってくれるかもしれない。」と誘います。
さらに「シュツットガルトはミュンヘンと並ぶ盛大なビール祭りがあるよ」と痛いところを突いてきます。ビール祭りで決まりました。
ビール祭りが始まるまで後十日あります。汽車で行くと約三十六時間、このまま行けば八日程早く着いてしまいます。
素晴らしいアイデアが浮かびました。サイクリングだ、自転車で行けば一週間くらいかかるだろう。この夏のバカンスを華麗にサイクリングで締めくくるんだ。しかも汽車賃が浮く。(実はこちらの方が重要だったり)一石二鳥のすばらしいアイデアに思えました。
サイクリングの経験は小学校の時の日帰りだけ、自転車も無い、地理も不案内、けれどもそれを行動に移すのに何の不安も感じません。
さっそくサイクルショップへ行って中古のロードスポーツと予備のチューブレスタイヤを二万円で購入(汽車賃より高かったかも)、さすがフランス、メーカーはプジョーです。テントをたたみ、登山用具を日本へ送り返し、リュックサックへ寝袋、コンロ、鍋、食器を詰め込み、六百キロ七日間の自転車旅行へ旅立ちです。
いざ、旅立ち |
シャモニーを出てマティニへ向かう |
高速道路を自転車で走る
自転車でシャモニーを旅立った僕たちは、最初にレマン湖の畔モントルーを目指しました。
谷間の道から峠を二つ越してマティニという小さな町へ着いた時は、もう峠越しでくたくたです。
モントルーという道路標識に導かれて自転車をこいでいくとなんだか道の様子が変です。徐々に登坂になった道は高架の随分とりっぱな道路に合流しました。
登坂はどうもインターで高速道路に迷い込んだようです。
やばい!高速道路だ。 |
一方通行の高速道路を引き返す訳にはいきません。交通量は少ないのですが、時折猛スピードの車がぼくらを追い越していきます。
路肩が広いため怖くはありませんし、アップダウンもなく、一気に距離をかせぎレマン湖に到着。
レマン湖に到着 |
パトカーが来ないかとヒヤヒヤしながら高速道路を自転車で走った貴重な経験になりました。
レマン湖を眺めながらの爽快なサイクリングは湖畔の街モントルーに着くやまたしても急斜面の登坂となりました。
次の目標、プリフール目指して丘陵へと登る曲がりくねった古い道を青息吐息で自転車を漕ぎます。
道沿いに低い石塀がつづき、その中はブドウ畑が広がっています。レマン湖の北に広がる斜面はスイス有数のワイン産地です。
南向きの斜面に9月の陽光を浴びながら、ひたすらペダルを漕ぎ、疲れては石塀に腰掛け手を伸ばしてワイン用の酸っぱいブドウをつまんで喉を潤しました。
やがて登坂も終わり丘陵地帯の上に着くと大きな湖が出迎えてくれました。グリュイエール湖です。
湖畔の草むらに寝転がってしばしの休憩。
グリュイエール湖 |
このグリュイエール湖から少し南へ引き返すとチーズフォンデューの発祥地グリュイエールの町があります。チーズフォンデューに使うチーズはグリュイエールチーズをベースにするのが基本と云われています。
ここからは緩やかな丘陵地帯でスイスらしい町並みや田園風景が続く快適な道のりです。
中世の城郭を訪ねる
岩山の上に建つ古城、湖、山間を流れる川、スイスらしい景色を眺めながら僕らの自転車旅行は順調に進んだ。
簡素な家並みの小さな村を通った時は、畑仕事のお年寄りが鍬を休めて手を振ってくれた。
公園で休んでいると子供達が好奇の目で集まってきて恐る恐る声をかけてくる。
古い街道のカフェで旅人の気分にひたって休憩を楽しんだ。
簡素な家並みの小さな村を通った時は、畑仕事のお年寄りが鍬を休めて手を振ってくれた。
公園で休んでいると子供達が好奇の目で集まってきて恐る恐る声をかけてくる。
古い街道のカフェで旅人の気分にひたって休憩を楽しんだ。
中央左上に古城があります、分かりますか? |
バイクショップで見かけた
アンティークバイク、向こう側は日本のスズキTS
スイスの首都ベルンを目指してペダルを漕ぐ途中でプリフールの町を通過する。
町の入口には、ベルン橋という木製の屋根付き橋が架かっている、この橋は随分と年代物だが、ちゃんと車やバスまでが通る。
ベルン橋 |
この橋を渡ると中世にタイムスリップしたようだった。ウイリアムテルやシンレデラが出てきそうな城郭の町。
全てが石造りの街、城壁から市街地の家並み、歩道から車道、石と煉瓦にすっぽりと覆われた気分だった。
そして職人の街を感じさせる旧市街の商店街。ブティックや時計店、革製品の店、カフェ、僕はその雰囲気にすっかり夢中になってこの旧市街を二周も廻った。
残念だったのは、僕らは貧乏旅行でこの街で優雅に過ごすお金が無いことだった。すてきな革製品も、時計も、ペンダントの一つも買えなかった。
けれどヨーロッパの中世がどういうものだったのかほんの少しその空気に触れることができたような気がした。
城門、この中が一つの街 |
プリフール旧市街で栄ちゃん |
国境の街バーゼル
城郭の町プリフールを出て一路ベルンへ向かう。最短コースを選んで幹線へ出た僕らは、すぐにルート選択を誤った事に気がついた。ベルンはスイスの首都である。つまりベルンへ向かう道は、幹線道路である。大型トラックが巨大なエンジン音を響かせながら次から次と僕らを追い越していく。その度に身体を震わす風圧と轟音に脅かされる。しかも排気ガスの後塵を浴びながら。
僕らは脇道へ避難して顔を見合わせた。お互い考えている事は同じだ。ベルンへ寄るの止めよう、国境の街バーゼルへ直行だ、そこからドイツのシュツットガルトへ向かおう、遠回りで時間がかかっても良いから田舎を走ろう。
スイスの首都見物をあっさり取りやめベルンを迂回するようにしてバーゼルへと向かった。
野っ原にたわわに実ったリンゴの樹を発見。ここで昼食を決め込む。
デザートは勿論リンゴ。
名前も知らない町を幾つか通り抜け、道に迷いながらも無事にバーゼルへ到着。
国境の街バーゼル、おお!これが名にし負うライン川か。 あまり美しくはなかった。 |
ドイツとフランスの国境に接している、まずはフランスへ。
国境の税関待ち、EU統合前の風景です。 |
続く
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